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まずは、なでしこ。心からおめでとう!と言いたい。

それにしてもあの環境の中で全員が“気持ち”を持ち続け、最後まで諦めずに勝ち取ったことは本当に偉大だと思う。
嬉し涙も流さないし、女性の力はスゴイ!と改めて痛感。男はヤバイなぁ・・・。

そして、時節柄日本にとっても非常に良いニュースになったのでは。拍手拍手!




さて。

熱い夏には爽やかな香りが欲しい!
・・・というわけで、身に付けるフレグランスを夏仕様にチェンジ。

これで加齢臭も防げるよな!(爆)



『CARTHUSIA(カルトゥージア)』

そのルーツはこうだ。

1380年、当時のナポリ王国を支配していたアンジョ(アンジュー)家の女王、ジョヴァンナ1世がカプリ島を訪れる。3日間の滞在先となったのは、カプリに隠遁した帝政ローマ第2代皇帝ティベリウスが造った離宮跡に自身が1371年から3年を要して秘書官のジャコモ・アルクッチに建てさせた「Certosa di San Giacomo(サン・ジャコモ修道院)」

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島に咲く美しい花々を生けて女王を歓待した修道院長は、女王が去った後に花器の水から不思議な香りが漂ってくることに気付く。それは石灰岩質を好み夏にピンクの花を咲かせる「garofano silvestre(ガロファノ・シルヴェストレ)」というナポリ自生のカーネーションの神秘的な甘い香りだった。

キリスト教の教義に基づいた施療・投薬を行うこともあった中世期の修道院では、「Officina Profumo-farmaceutica di Santa Maria Novella(サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局)」がそうであったように、当時の最先端をゆく薬学の現場は修道院であり、信仰に生きる修道士が慈善事業として薬草栽培を行っていたことはよく知られるところである。

その後、修道院は時の変遷を経る中で改築を繰り返す一方、サラセン人による破壊やナポレオン支配のもとでは閉鎖の憂き目に遭うのだが、1948年、修道院の蔵書の中から当時の処方が記された文書を発見した修道院長は、バチカン・ローマ法王の許諾とトリノの化学者に協力を得て、久しく忘れ去られていた香水の復元に成功、世界で一番小さな香水製造所がカプリ島に誕生したわけだ。

修道院の前に造られた小さな工房は、修道会の名にちなんで『Carthusia(カルトゥジア)』と名付けられた。

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『Carthusia(カルトゥジア)』は、男性用は島で最も高いソラーロ山(589m)で採れるローズマリー、女性用はジョヴァンナ1世ゆかりのガロファノ・シルヴェストレといったように、島に自生する植物を主とする天然原料だけを用い、今日に至っても古来の製造法通りにひとつひとつをハンドメイドで造る完全な限定生産を守り抜いているため希少性が高く、2002年までは島内の3ショップほかソレントとナポリの直営店だけで扱われていたそうだ。

数多いその『Carthusia(カルトゥジア)』のラインナップの中で、僕が選んだのは「Via Camerelle(ヴィア・カメレーレ)」というもので、「Via Camerelle」つまり「カメレーレ通り」は、高級ブランドショップがズラリと並ぶカプリ島のメインストリートの名が与えられている。

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香りは、シダーウッド・シームスク・アンバーなどのスパイシーなベースにトップの印象をつくる軽いマリンノートが爽やか。

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人魚と植物をモチーフにデザインされたロゴ、カプリの海や空をイメージさせるアッズーロのカラーリング、クリスタルチックでクラシックなボトル、真っ白な漆喰で覆われたカプリの家々を彷彿とさせるパッケージもいい感じ。

こういうデザインや“味”をつくらせれば、イタリア人はやはり天下一品だと思う!

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そして、自分とお揃いで『chiaro』にもひとつ。
『chiaro』にはディフューザーになったルーム・フレグランスを代用)

「Via Camerelle(ヴィア・カメレーレ)」のパッケージ・デザインには、このように実際の「カメレーレ通り」の“陶器製サイン(案内板)”が用いられていたりもする。

via camerelle

こんな文章を書いているとカプリ島に行きたくなるなぁ・・・
って言っても行けるわけないし、せめて台風が去ってから天候がもう少し爽やかにならへんかなぁ~。

ではまた!


2011.07.19 


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